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ハッピーイースター♪

この日は頑張って早起きができて、やっと礼拝に行くことができました。
転勤で広島に行ってから、一度も礼拝を守れずにいたので、うれしくて、行きの電車の中でもうれし涙が出るほどでした。

教会に着いてからも、牧師先生を始め皆さんがあたたかく迎えてくれて、手を握ったりハグしたり、もう涙が‥。
礼拝中も泣いてばかりでした。

説教もとてもよくて泣いてたのですが、ここに書くほどにはきちんと内容を覚えていなくて(汗)
心に残ったのは、パウロさんの言葉でした。
パウロさんでさえも聖書の中で、「この苦しみを誰が助けてくれるだろう(いや、神様しかいない)」というようなことを書かれたそうです。
私も、昔から母に「人を当てにしてはいけないよ、かみさまだけをみているんだよ」と教えられて育ってきました。
別に他人に頼るな、という意味ではありません。
むしろ、誰かに「助けて」という言葉を言えた時、すでにかみさまに助けていただいているのだ、というお話でした。
よく「自己責任」という言葉が聞かれますが、自分だけでどうにかしようと思わないこと。そこらじゅうにかみさまの愛があふれているのだから、安心して誰でもいいから自分以外の他の人に「助けてください」と言えた時、かみさまの愛に助けられる、というようなお話でした。

聖餐も受けられたし、とってもうれしい礼拝式でした。

その後はもちろん祝会♪

私の通う教会では、付属の幼稚園の園庭で幼稚園の子供たちも保護者の方も先生も、みんなでバーベキューをします。
私は、今回はまだ体が本調子ではないから食べるだけで帰るつもりでいたのですが、いつものように青年会のコーヒー販売(青年会ではイベントのときはコーヒーを入れてその売り上げを活動資金にしています)に動員され、まったくいつもとかわらぬ賑やかなイースター祝会を過ごすことができました。
片付けももちろん手伝って、ずいぶん疲れましたが、気持ちの良い疲れでした。
大きな桜の木の下で、花びらが舞う中の祝会は本当に楽しかったです。

帰宅してからも夕飯も作れたし、本当に素敵な一日でした。

母教会って、本当にいいものですね。
友人からは「久しぶりに会えてうれしかったよ」とメールをもらい(この言葉がどれだけうれしかったことか)、皆さんが久しぶり!と喜んで迎えてくださり、知らない方は紹介してくださり、また新しいお知り合いができたり。
まさに、自分の帰る場所がここにあった!という喜びでいっぱいになりました。

また来週も、礼拝を守れたらいいな、と思います。
そして、ずっと礼拝に行きたいと願っていたことがかなえられて、本当に願っていれば叶うのだな、お祈りって通じるのだな、と実感しました。
早起きして出かけることができて、また自信もついたし。

今年は花祭りとイースターが同日という、何ともめでたい日だったのですね。
仏教でも意外にみんな知らないだけで、折々にいろんなイベントがあって、高校の時はその時々を楽しんでいたのを思い出しました。

春が、きました。
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気付き。

テンプレートも変えて、心機一転がんばろうと思った矢先、大きな誤解を受け、苦しんで更新できなくなっていた。
どうしてそのような誤解が生じたのか、何度も何度も自分の書いた文章を読みなおした。
しかし、わからない。
初めは大きく困惑し、愚かにも怒りさえ感じた。
「どうしてこのシンプルな文章が、そのように歪めて受け止められてしまうのか」と。

怒りは恐れにもなる。
もしかしたら私は傷つけてしまったのかもしれない。
嫌われてしまったのかもしれない。

そしてまた、「どうしてこのような受け取り方をされるのか。」
頭から離れず、苦しんだ。

そして、気付き。
文章は、書いた時点で読み手のそれぞれの受け取り方にゆだねられる。
誤解「された」のではない。
誤解「させた」のはこの自分なのだ。
そして反省し、混乱する。
悪いのはこの私なのだ。

やはり、なぜ‥という考えが頭を支配する。

母親に、普段から「人をみるんじゃない、かみさまをみるのよ」と言われて育ってきたことを思い出した。
人間関係のトラブルはどこにでもある。
サークルでも、会社でも、近所づきあいでも、教会でも。
そんなときに、「人」にとらわれず、そこにみえるかみさま、かみさまが何を教えようとなさっているのかだけをみるというやり方で今までやってきていたのに、忘れていたんだ。

さらに、高校の寮生活。
人間関係の悩みはつきることはない。難しい年頃でもある。
当時、なにかあるといつもベットに入ってから聖書を読み、泣きに泣いて過ごした夜がどれだけあったろう、と思いだした。

昨日の晩、同じようにして泣いた。私が誤解を受けて苦しんだのと同じように、誤解をした人も苦しんでいるかもしれない。そして、私はこれまで生活してきた上で、気付かないうちに同じように人のことを誤解し、傷つけてきたのだ。
キリストは私の罪のために、ありとあらゆる苦しみを引き受けて十字架につけられ、そしてわたしの罪を購ってくださったのだ。

このことによって、私はまたかみさまに引き戻された。
かみさまが、わたしのことをきちんとみていてくださることにきづかせてもらった。
絶望のときにこそ、苦しんでいるときにこそかみさまは近くにいてくださる。
私をおぶっていてくださる。

かみさまは、よいものしか与えられないということをつくづく感じた。
この持病でさえも、かみさまがくれたお恵みのたまもの。
どこだったか、キリストと弟子たちが嵐の中の小舟にのり、いつ転覆するかとびくびくしていたら、キリストが「信仰の薄いものたちよ」と叱った場面を思い出した。
私もかみさまにもっとしっかりしなさい、といってもらえたのだろう。

どんな苦しみも、そこには愛があり、慰めがあり、気付きや学びがある。
すべてかみさまからのおくりもの。
そして、この気付きに感謝。






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我生くるにあらず

『我生くるにあらず、キリスト我が内にて生くるなり』

洗礼を受けた時にもらった聖書に牧師先生が書いてくださったことばです。

今日はゆっくり寝たかったのに、早くに目が覚めて眠り直すこともできず、体はきついから家事もはかどらず、いつものようにきついなぁ、とおもいながらだらだらとしていました。

ふと、この言葉があたまに浮かびました。



そっかぁーーー。
かみさまが、やってくれるんだーーー。わたし、がんばらなくていいんだーーー。
ただ、ありのままに生かされていて、そんなわたしをかみさまはいつもみていて愛してくれているんだーーー。


すごく、ほっとしました。
守られている、安心感。


掃除も、洗濯も、私の力でできることじゃない。
かみさまが、わたしをつかって、やらせてくれていること。
必要なことは、必ずさせてもらえる。
なんの心配もいらない。
『明日のことを思い煩うな』とはこのことか。
そう思うと、すごく楽になりました。

毎週月曜日は土日の疲れが出る日。
そんな日に、守られていることを改めて感じることができて、こころから感謝です。
礼拝は守れないけれど、かみさまってほんとにそばにいてくださるんだなぁ。

なんかすごいなぁ。
今日も生かされている、ありがたい一日。
久しぶりに晴れたし、気持ちいいなぁ。

気まぐれで信仰がなくていつも大事なことを忘れてしまうさわらなのに、みすてられない、このありがたさ。
感謝です。

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おひさま。

この季節はあまりおひさまがみれません。
なんといっても日本海側だから、九州とはいえ寒いし暗いし。雪の降り方も広島とは違っていて、冷たーい感じがします。


今日はなんだか調子が悪く、何をするにも時間がかかりました。
でも、掃除機もかけられたし、よくできたほうかなぁ。
お昼寝はできませんでした。
お風呂上がりに飲むビールが無かったけれど、外に出たくなくて今日は我慢の日です。
今日の夕飯は夫が会社で余ったお弁当を持って帰ってきてくれるので、辛いお料理もしなくて済みました。
「味噌汁くらい作っておけよ」
と言われたので、大根とおあげさんのおみそ汁だけ作りました。


私は雨や曇り空が大の苦手で、それだけで気持ちが暗くなってしまいます。
今日がちょうどそんな日でした。

でも、ふと前に行ったことのある病院のドクターの言葉を思い出しました。
「日光浴は大切です。曇り空でも、その雲の上にはちゃんと太陽が照っています。」
今日のこの冷たい曇り空の上にも、おひさまがちゃんと私を照らしてくれているんだなぁ、と少し安心。
外出はできませんでしたが、ちゃんとおひさまを感じられてうれしかったし、力づけられました。
かみさまは誰の上にも太陽をのぼらせてくださるって、たしか聖書にも書いてあった気がします。





そうそう、父に贈るバレンタインプレゼントが今朝届きました。
さて、これは当日に実家に持っていくべき?
買い物がてら取りに来てもらう?
やっぱりカードを添えて郵送か、自分で持っていくのがいいのでしょうね。
たまにはお手紙を書くのもいいですね。
これを実際に着た姿も見せてもらいたいしなぁ。
自分で届けたいけれど、その日の体調とまぁ両親のお出かけの都合次第です。
喜んでもらえるといいなぁ。



冬は寒いし暗いし落ち込みがちで苦手ですが、仲良くね♪
ちゃんとおひさまは照ってるんだから。
さわらちゃん、このことを忘れず強く生きてください。
あなたは大丈夫。



そして、そろそろこれまた苦手なお風呂の時間です。
お風呂につかって、トムソーヤーの続きを読みます。
お風呂で温まるとさっぱりとして調子も良くなるのに、なんでこんなに腰が重たいのかしら(笑)

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ねむれなーい。

今日も久しぶりに中途覚醒。
昨日お昼寝をたっぷりできたからいいかぁ、と布団から起き出しました。
数ヶ月前から夫との間に問題を抱えているのですが、(彼はそんなこと忘れちゃって頭に無いのだけれど、私は毎日傷つき続けている)
今日はなんだかそのことが頭を離れず、追加した睡眠薬も効きませんでした。

結婚したら、人は本当の意味で「孤独」になるから、「自立した」といわれるのだろうな、と思うのですが、本当の孤独ってやっぱりわかってはいるけれどかなりツライですね。

うーーん。
でもでも。
かみさまは私の髪の毛の本数までも知っているくらい、わたしのことをご存知。
わたしのつらいきもちも、がんばりたいきもちも。
そして、わたしに必要なものはすべてご存知で、すでに与えられている。

人は計画をたてる、しかしことをなすのは主による。
常にそばにいて、見守ってくださる。
歩けなくなれば、おぶって歩いてくださる。

これ以上なにを求めようか。
夫もただの人間。
口から息するものを頼るな、主を頼れ、と聖書にあるように、わたしもそうありたい。

かみさま、どうかわたしがみこころのままに主の示される道をまっすぐに歩いていくことができますよう見守ってください。
私の知って犯した罪、知らずに犯した罪をお許しください。
どうか、どうか、ぶどうの木につながらせてください。
悪にまどわされないようにお守りください。


さわら、こころのいのり。


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かみさま。

わが子よ、あなたの心をわたしにゆだねよ。
喜んでわたしの道に目を向けよ。

箴言 23章26節

何事にも時があり
天の下の出来事にはすべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬとき
植える時、植えたものを抜く時
…泣く時、笑う時…
…求める時、失う時…
すべての出来事、すべての行為には、定められた時がある。

コヘレトの言葉 3章1節から

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イースター♪

イースターおめでとうございます♪
中途覚醒やら早朝覚醒やらで少しきついながらも、なんとか久しぶりに教会に行くことができました。
引越し前に挨拶しに行きたかったので、行けてよかった!
久しぶりに会う面々もとても元気に迎えてくれてうれしかったです。


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大波小波。

夕方のことです。
風邪具合もあまりよくなく、体もだるかったのですが銀行のついでに欲を出してスーパーまで買い物に行ったのがお間違いさんでした。
春休みで人も多く、帰りには過呼吸が
母に電話しながらなんとか家にたどりつき。
なんとか早く苦しいのを治したいばかりに、頓服を3包も飲んでしまいました><
おかげでふわーっと眠ってしまい、緊張などはよくなりましたが。

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苦しかったけれど、感謝の夜。

昨晩はつらい夜でした。
ここ最近、うまく夫とコミュニケーションがとれず、寂しい気持ち。
義母との電話では無意識に緊張していて、楽しいおしゃべりのつもりが肩から背中までがちがち。
電話した友人に言われました。
「自分で自分をいたわってあげてね。」

そうだった、忘れていた。 そこで涙がどっとあふれました。他人になにかを求めるよりまず自分が自分をかわいがってあげなくちゃ。

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野の花をみよ

花3
芽吹き

花2

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プロフィール

さわら

Author:さわら
ねこのさわらがひなたぼっこです。
夫と2人暮らし。
小鳥さんが大好きです。

コメントなどいただけたらまいあがってよろこびます。


 

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