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カウンセリング終了。

水曜日に、カウンセリングに行きました。
前回、外に出ることや人が怖くなくなった自分がうれしいと泣いたことをカウンセラーの方が話されて、これからどのような方針で行きましょうか?と。

ひきこもり、なおったぞーーー(たぶん)

ということで、今回でカウンセリングに甘えることから卒業して、自分一人でやってみることにします、と話しました。

自分でも先々週くらいからやめ時を考えていて、礼拝が毎週守れるようになったら、とか、習い事を始めたら、とか考えていたのですが、当初の目的をすでに達成していたことに気づかされて。
そもそもひきこもりで悩んでいたので、こんなに元気に外出できるようになったら、もう大丈夫なわけで。
転勤のストレスで疲れ切っていた気持ちからも解放されたし。

カウンセラーの方に確認されたことは、「嫌なことがあったときなどに対処する方法はありますか?」ということでした。
それも、いつの間にか自然と身についてきたようでした。
音楽を聴いたり、ネットショッピングをしたり、外出してお買物をしたり。
エッセンシャルオイルを使ってのアロマも、気付いたら再開していました。


収穫だったのは、ひとりじゃないんだ、って改めて気付けたことでしょうか。
私は転勤で、知らない土地に一人ぼっちでがんばってきた、と思い込んでいたけれど、そうじゃなかったんですね。
家族、友達、かみさま、ご先祖様、もうここに書ききれないくらいのたくさんの人が私のことを応援していてくれて、いつもそばにいてくれていたのに、私は一人ぼっちでこんなにがんばっているのに‥と気付かずにいたのですね。

お外に出る時も、ひとりじゃない。
だからもうこわくない。

忘れないようにしたいと思います。
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テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体

カウンセリング6回目。

カウンセリングも6回目になるともう慣れました。

いろいろ話す中で気付けたこと。
昔みたいにお友達と遊ぶ機会が少なくなって、悲しく、さみしく思っていたけれど、今は家庭に入っているのだから夫の存在をを一番に尊重して、家庭のことを第一に考えなくちゃならないんだ、といまさらながら気付きました。
考え方が、ずいぶん子供じみて幼かったのだなぁ、と。

夫にそのことを話すと、「気付くのおそっ!結婚するときに気づいとけよ」と言われました(笑)

そして、「安心して絶望できる人生」(向谷地生良・浦河べてるの家著 生活の人新書)
を読んで感じたことを話しました。
べてるの家では統合失調症や人格障害、うつ、摂食障害、アルコールやギャンブルなどの各種依存症など、さまざまな方たちが生活しておられますが、その方たちの編み出したセルプヘルプ(自助)のやり方がとても興味深く、ユーモアにあふれていて、参考になりました。
母がべてるの家が好きで、よく本を読んでいて、この考え方って別に病気の人じゃなくても一緒だよね、と常々言っていて、実家に行ったときにたまたま置いてあった本を見つけて自分でも買ってみたものです。

私は話し相手を求めてつい実家に電話してしまうことで悩んでいたのですが、この本の中でも自分が電話魔になってしまって困っている、という方が出てきました。
その方は、電話をしてしまうのはなぜかと考えた時に、自分を助けたいから電話をしてしまうのだということに気づいて、電話をするたびに「えらいね、今あなたは自分を助けようとしているんだね。」と褒めてもらうようにしたそうです。それで問題が解決したとのことでした。

また別の人は、ダメな自分だけれどありのままの自分を認めてあげたい、と悪戦苦闘していたけれど、「あきらめるしかない」と悩むことを放棄したときに楽になれたということです。
「あきらめる」の語源は「あきらかに認める」ということなのだそうです。
べてるには、あきらめの達人がたくさんいるのだそうです。

これを読んで、私も実家に電話しそうになったときに、「ああ、今私は自分を助けようとしているんだ、えらいなぁ。何かほかの方法で助けてあげられないかやってみよう」とうまく転換できることが増えてきました。
また、「あきらかに認める」という言葉でずいぶん楽になりました。
いろいろなことをあきらめて放り出してしまうと楽です。
まだまだ達人には程遠いですが。


カウンセラーの方も、先週からずいぶん気持ちに余裕ができて、お買物をしたり、おしゃれをしたり(今日は数年ぶりに香水までつけました!)、意識が外に向かっているようで良かったですね、と言ってくださいました。

今ネットでぼちぼちと運動系の習い事を探していますが、まずはカウンセリングと通院、そして礼拝が守れるようになってから、と思っています。
教会の婦人会に入るのもいいかな、とも考えています。
聖書研究に出るのもいいし。

とにかく、焦らず、ゆっくりと。
カウンセリングのおかげで、ずいぶん気持ちが楽になってきて、本当に良かったです。

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カウンセリング5回目。

この日は朝から断水だったのに早起きできず、あわててしまってちょっとおろおろしてしまいました。
母に電話をかけてしまった‥。
声を聞いたら落ち着いたからよかったけれど。

カウンセリングにもずいぶんなれました。
この日も1週間のことを話して、スーパーの人込みや若い学生さんの集団が少し怖く感じることなど話しました。
街中の雑踏は平気なのに、なんででしょうね、と話しました。
結局は慣れの問題もあるのかな。と勝手に納得。

実家に電話してしまうことがまた増えたので、手紙やpcメールを活用しようと思いました。
おしゃべりしたいときに、お手紙を書く癖がつくといいな。

このカウンセリングも、半年か一年も通えばいいかな、と思いました。
それまでになにか習い事が始められたらいいな。
ヨガとか、なにか運動系がいいですね。


ここからはどうでもいい話。

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カウンセリング4回目

カウンセリングにも以前に比べれば少しは慣れてきました。


前回大泣きしたので、最初にカウンセラーの方が「あれから大丈夫でしたか?」と気遣ってくださいました。
泣けたことですっきりしたので、お礼を言いました。

1週間の出来事をを簡単に話して、それから感じたことや思ったことをまたぽつぽつと話しました。
カウンセラーの方はいつものように私の話を整理しながら、気になることは尋ねながら聞いてくださいました。
話をしながら、頭の中でこんがらがっていたことがだいぶすっきり整理できました。

今自分に求めることは、ありのままの自分を認めてあげること。
神経質でも、考え込みがちでも。
そして、自分に自信が持てるようになりたい。
ひきこもりをなおしたい。
自信を持って夫と接することができるようになりたい。

幸いカウンセリングや通院のおかげで、外に出る意欲も少しづつですがわいてきていて、本当に良かったと感じています。

今日はひとつ進歩した証拠に、ツタヤに寄ってカードを作り、映画を2本借りてくることができました。
今までは家事以外には何もする気が起こらなかったけれど、外に出るようになってから時間がもったいないと思えるようになり、家事の合間に映画を見ようという意欲が出てきました。
DVDデッキが壊れているようなので、PCで見ないといけないのは悲しいですが(笑)

カウンセリングの日が、1週間の良い節目になっているようです。

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カウンセリング3回目。

前日の夜胃痛でろくに眠れないまま、なんとかカウンセリングに行ってきました。
担当の方とも2回目なので、ずいぶんリラックスして受けられました。
ぽつぽつと話すうちに、10数年も抑圧してきた思いに気づいて、たくさん泣きました。

わたしは幸せとは相対的なものではなくて絶対的なものだという考え方をするので、自分のことを人と比べてうらやましいと思うことはそんなにはなかったのですが、本当は健康な人たちのことが心底うらやましかったのです。
苦しいほどに。
それをみて見ぬふりをしていたのですね。
こう書いていてもまた涙が出てきます。
順調に仕事で結果を出して、忙しいながらもいきいきと働いている夫をみても、うらやましいと思ってしまいます。
健康って、なんていいものなのだろう。

かといって、病気である自分を否定するわけではないのですが。
これはこれで、よかったこともたくさんありますから。
世の中には私よりももっと大変な病気で苦しんでおられる方もたくさんいらっしゃいます。
その方たちと、どうにもできない思いを分かち合うこともできますしね。

帰りにキャンパスのベンチで一服しながら、主治医が言ってくれた言葉を思い出しました。
「あなたの病気は治るから。薬も飲まなくてよくなるから。」と。

抑圧していた自分を解放して認めることができたこと、希望がもてていること、またちょっとづつ前に進めた気がします。
カウンセラーの方が毎回終わりに言ってくださる、「これから一緒に」という言葉にとても救われます。

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カウンセリング2回目。

この日はカウンセリングでした。
担当の人と初対面。
ちょっとおとなしそうな方で、緊張していらっしゃるようでした。
いろいろお話する中で、尊敬する父や夫は生きていくうえでの確固とした自分の中での規範というかルールのようなものを持っていて、それにしたがって強く生きているように見えるけれど、私は両親にも友人たちにも甘やかされてばかりで、自分の中にそういうものがないので、これから作っていけたらいいな、と感じました。

あとは、理想主義的なところ。
理想が大きすぎる、というと、小さいことでも、その中に自分の出来そうなことはありませんか?と言われました。
その時は言葉につまってしまいました。
ちゃんと、やさしく「それはこれから一緒に考えていきましょうね」と言ってくださいました。

帰ってきてから、「毎日ちゃんと朝洗顔をすることからかしら?」(笑)とか考えてみたけれど、まずありのままの自分を認めてあげる方が先のような気がしてきました。
病気で家事ができないときも、自分を責めないで休むようにするとか、病気や弱い自分とうまく付き合うのはよく考えるとたいへんなことのような気がします。

私の妹は鷹揚で、肝がすわっているのをあこがれに思っていましたが、私もなんでも深く考えすぎる癖をすこしづつ直して、おっとりと生きていきたいな、とも思いました。
私は少し神経質なんですね。
妹だったら、「病気できついんだもーん、できなくたってしょうがないじゃーーん」とおせんべいでも食べながらテレビを見ていそうです(笑)

私も自分のことを愛してあげて、「自分は自分」とどっしり構えて、周囲の好意に感謝しつつぽやーとしていたいです。

カウンセリングは始まったばかりですが、やはり話を聞いてくださる方が出来たというのは大きなことだな、と思いました。

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カウンセリング1回目。

カウンセリング初回。
大学の臨床心理センターというところです。
話を聞いてくれたのは、大学の助手(臨床心理士)の方と、記録係(この方も資格をお持ちなのでしょう)の方のお二人。
予約の電話のときにとてもやさしい対応をしてくれた方だったので安心しました。

終始なごやかで、あっという間の90分でした(初回のみ90分)。
まず今悩んでいることから、家族のことや、これからどうなりたいか、など。
臨床心理士の方がときどきわたしの話をまとめて確認し、いくつか質問をされ。
笑いもあり、涙も受け止めてくださり、とってもすっきり、たのしかった!

この後センターの教授とともに担当の臨床心理士の方を決めて、また連絡をくださるということでした。
また、持病の病院とも連携を取っていくために、紹介状をもらってくるように言われました。
そして、「アドバイスを求める方も多いのですが、自分で考えてもらうことをサポートすることが私たちの仕事ですので、アドバイスは基本的にはしません。してもいい結果を招かない場合が多いんですよ。」と笑っておられました。

たくさん話をした後で、感じたことも少しありました。
私には少し理想主義的に過ぎる一面があるのではないかということ。
人にどう見られているのか、ということが自分にとって大きすぎるのではないかということ。
少し分析的に過ぎるのではないかということ。

自分のことを理想主義的と感じたことはなかったので、これは大きな収穫だったかもしれません。
理想を追い求めるあまり、自分自身を理想の自分にあてはめようと必死になっているとしたら、それはどこかでゆがんで苦しくなるのが当たり前だと思うもの。

まぁ、本番はこれからです。
これからは毎週1回、担当の方にカウンセリングをしてもらうことになります。
思ったよりも長丁場になりそうです。


ここからは、どうでもいいはなし。

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プロフィール

さわら

Author:さわら
ねこのさわらがひなたぼっこです。
夫と2人暮らし。
小鳥さんが大好きです。

コメントなどいただけたらまいあがってよろこびます。


 

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